どちらかといえば暗中模索の中で立ち上げた弊社ですが、みなさまのおかげをもちまして、無事第8期に入ることができました。色々なものを10年一区切りで設計しておりますので、あと3年(と少し)で、創業時の「一区切り」を迎えることになります。

10年前とは色々な状況が分かってしまったので、一部は整理しながら、また新しい事に細々と挑戦していきます。

これからどんなサービスが重要になって、どんなサービスが淘汰されていくのか、先を見通すことはますます難しくなっていますが、なんとか、この世界の片隅で、世界を少し良くする仕事ができればと思っています。

今後ともごひいきによろしくお願いします。


「昨日のカレー、作りすぎたので、よかったらどうですか?」

これは、田舎暮らしや、上京したての一人暮らしのアパート(ただし漫画に限る)でよくみられる光景ですね。しかし、これがもっとシステマティックになって、カレーを作りすぎた人とカレーを食べたい人を効率的かつ安全にマッチングできるようになるとどうなるでしょう。(ここでは単純化のため、保健所などの規制は考えないものとします。)

カレーを作りすぎるコストはとても低いです。一方で、カレーを外食するときの販売価格は、そこそこ高いです。もちろん、カレー屋が高すぎるというのではなく、きちんと市販しようと思うとそれなりのコストがかかるのです。

よくカレーを作りすぎてしまうAさんは、カレーを作りすぎた人と、カレーを食べたい人とのマッチングアプリを作りました。家の鍋で一人分を作るのも5人分を作るのもほとんど同じ。ならば、最初から5人分作ってお裾分けしたら良いと思ったのです。カレーを食べるほうも、お裾分け価格で色々なカレーを楽しめるのは、とてもお得です。このアプリはとても流行りました。1年後、その地域の老舗のカレー店は、ひっそりとのれんを下ろしました。

今、巷で起きている第4次産業革命は、こういう事ではないかと思います。

車の相乗り送迎や民泊のマッチングサービスは面白いものですが、いずれも、従来の民宿やタクシーといった専業の方がいらした業種です。それを、素人の提供者と利用者とが、リスクとコストを自腹で抱えることで、その分、安価にしたサービスとも言えると思います。プロが生業として長期的に営業するには、様々なリスクや安全管理コストなども経費として織り込みますので、トータルのサービスコストはどうしても、素人が暇つぶしに提供するものよりは高くなります。一方、それらを束ねる「マッチング会社」は、ここのトラブルのリスクを、当人同士(や保険会社)にリスク分散することが出来ます。当事者が廃業に追い込まれても、顧客の一人が酷い被害を被っても、替わりはいくらでも居ます。そもそも、安価なサービスにフルサービスを要求するなと言う事もできます。

利用者も支払金額こそ少なくてすみますが、電話一本で済むところを、自分で探して手配するコストを払っています。自分はスマホも使えるし、そんなの苦にならない、という方が多いでしょうが、そういう専門技能を無償提供しているのです。他方、提供者も、本来貰えるはずの報酬の一部や、年金などの福利厚生費、リスクを織り込んだ積立などが含まれていない価格で受注しています。その時だけなら良いかも知れませんが、生業でやっていくには、長期的視野に欠けるモデルです。日雇いが基本で貯蓄率の低い国のシステムとも言えるかもしれません。

このような新しいサービスは、こうした「技能やリスクを無料で拠出させる」ことで成り立っているように思います。タダでさえ、日本は、リスクや専門技能に対価を払うことを嫌う風潮があるので、(皮肉にも日本の価値観に合っているのかもしれませんが)、いずれ専門技術全体が、安く叩かれるようにならないか心配です。そうなれば既存の専門職は、技術に見合う対価が得られなくなるので、自由化に反対することは至極当然のように思います。

これまでも、テクノロジーの進歩は、常に専門職を駆逐してきました。電話の自動交換機は電話交換手の仕事を駆逐しましたし、 ガソリンがセルフ給油できるようになりました。 スーパーマーケットのレジも無人になっていきます。

こうした効率的な機械化に伴う省力化とは異なり、第4次産業革命は、リスクと専門技能を、大勢で分散して安売りすることで成り立っているように思います。
これまでのコストカットが、ブラック企業による徹底した人件費削減だとするならば、これらは、人件費を利用者に全て押しつける「トウメイ」ビジネスモデルと言えるのではないかと思います。 利用者もハズレを引けば損をしますし、提供側も、暇だからとうっかり「ひさし」を安価に貸すと、やがて専門技能の価値が社会的に下がり、母屋の価値までなくなることになりかねません。

しかし、この流れを規制で妨げても、世界はどんどん動いていきます。技術に対する収入がきちんと確保できるような制度が必要なのかもしれませんが、今のところ、それを一番上手くコントロールできるのは「公正な市場原理」のような気がします。下手に○○法人に丸投げされた資格認定制度より、「トウメイ企業」による評価制度と市場による淘汰の方がうまく回りそうな気がします。


とある週末、知り合いの社長の奥様がそろそろ車を買い換えたいというので、高級車が並ぶディーラーへお供することになりました。

一足早く、愛車のK11マーチで乗り込んだのですが、車を見るなり「ここはお前の来る所じゃない」オーラ全開の店員達。ま、実際、私の買えるような値段の車はありませんけどね。

そこに、少し遅れて、奥様がやってきました。

本当の「お客様」が来たので、態度を一変させて「○○様、こんにちは。こちらへどうぞ。」と出迎える店員。奥様は、壁際に突っ立っていた僕を見るなり「あら、あなた、試乗でもさせてもらえば良いのに」とおっしゃるので、こちらも苦笑い。

すると、ソファに腰掛けた奥様が店員にこう言ったのです。

「あなた、この子(私のこと)がせっかく見に来とるのに、(試乗車に)乗せてあげんさいやね。そりゃね、今はここの車は買えんかもしれない。でも、がんばって、いつかここの車を買おう、と思わせるのがあなたらの仕事でしょう? それなのに、人を見た目で判断して、買いそうな客だけを相手にしとったら、そりゃあ、ブランドが営業してるだけよ。」

なるほど、それは私も耳が痛い。これまでの職場はレベルの高い職場だったので、自分まで偉くなった気がしていたなあ。営業職ではなかったけれど、まさに自分も「ブランドの営業」だったなあ、と思いました。

「あなたも、肩書きの無い名刺で600万円の車を売ってみなさい。」

若くして夫婦で独立され、成功してきた奥様らしい言葉でした。社長に聞くと、バブル崩壊の時に大胆な不動産投資で大損を出した社長を尻目に、手堅い投資でそれ以上の運用益を出し続けてきた奥様に、社長も頭が上がらないとか。さすがです。


今、どの業種にも求められている能力、それはコミュニケーション能力(コミュ力)だといっても過言ではありません。

それにしても、世の中どうしても話のかみ合わない人がいます。どうしたらいいのでしょう。

しかし、ちょっと考えてみてください。金太郎飴のように均質な教育で同じような思想の人間を大量生産していたのは過去の話です。子ども達は大衆向けテレビよりもお下がりのスマホで YouTube をみてますし、奇抜なアイデアを競うイグノーベル賞では、日本人はもはや常連です。民族的には均質性が高い国かもしれませんが、それに比べて価値観の多様性では世界でも高い方ではないかと思うのです。

ですから、そもそも何もしなくても誰とでも話がかみ合う、なんてのが過去の話なのです。全ての人と会話を成立させるにはそれなりの努力が必要です。

「この人はなんでこんな言い方をするんだろう」「この人はなんでここにこだわるんだろう」そう面倒に感じたときは、その人の目線に立って考えてみましょう。もちろん「思考憑依の魔法」を使えない私たちは想像するしかありませんが、それでも、その人の価値観をくみ取って考えてみてください。その人なりに何かのメリットがあってそのような面倒な考え方をしているはずです。そして、もちろん、その人にとっては「面倒」ではなく、「合理的」な考え方なのです。

例え自分の価値観に合わなくても、その人なりのメリットが理解できれば、まずはそれを一度受け入れてみましょう。その価値観の上にたって、それ以上のメリットを示してみることで、その人の「言葉」で会話できるようになる…かもしれません。まあ、どうしてもわかり合えない人も居ますし、わかった上で、自分の価値観とは相容れない人も居ますが、わけもわからずすれ違うのとは全然違います。

こうした、様々な価値観の上でロールプレイングを行う事は、自分自身の価値観をより豊かなものにしてくれます。コミュ力をさらに磨いていけば、こうした人ともうまくコミュニケーションがとれるようになり、仕事の効率が上がりますよ。こういう人ほど、味方に付ければ仕事の分担をこなしてくれたりするかもよ!


ビットコインなどの暗号通貨、使ってますか?

使ってない人がほとんどだと思いますが、使える場所はどんどん増えています。また、取引手数料の安さから、マネーゲームでは主役になりつつあります。

そもそも、ビットコイン(暗号通貨)とはなんでしょうか。

大雑把に言ってしまえば、世界各国の紙幣は、何も無ければタダの紙切れですが、偽造されにくい対策をとって、色々なものと交換できる保証がされています。最も大きな保証は、その通貨で納税ができるという価値です。その国で生きて商売をするならば、その国の通貨を使う必要があります。ですから、通貨として信用され、お金として機能します。

その「偽造されにくいもの」を電子的に作ってしまったのがビットコインの元々の価値だと思います。もちろん、ブロックチェーンといって、偽造されないだけでなくその遍歴が全て追跡できるなど、電子通貨ならではの付加価値もあり、単純に「通貨」としてのスペックは、紙幣より高いと言えると思います。

ビットコインはどこかの国に管理されているわけではないから信用できない、と言われますが、日本円だって、大暴落が始まれば日本銀行がその価値を無制限に保証することは無理です。ビットコインは、むしろ、国が1つぐらい滅んでも、世界の市場で使えれば価値は残ります。もしかしたら、情勢が不安定な国の通貨よりは信用が厚くなるかもしれません。

ビットコインの欠点は、ここまで頻繁にトレードされることを前提に設計されていないため、トレードに要する時間(計算量)が想定より大きくなってきています。そのため、欠点を修正した「次世代ビットコイン」が何種類か登場しています。より便利なものが残っていくようにも思えますが、通貨はシェアが重要です。多数派が乗り換えなければ「悪貨が良貨を駆逐する」現象も起こりうると思います。ビットコインよりもトレードコストが低く、より複製しにくい新しい技術(新しい暗号通貨)が次々と登場するでしょう。その中で多くの指示を受けるものが現れれば「分岐(フォーク)」が発生するかもしれません。技術的に見れば新しいもののほうが優れていますが、通貨としてどちらが支持されるかはわかりません。金貨が数千年も支持を集めているように、通貨の世界は極めて保守的です。

そのため、暗号通貨の乗り換えに失敗すると、保有している暗号通貨がある日突然暴落するということはあり得ます。そういう意味では安定資産(いわゆる「ガチホ」)としてのビットコインには魅力がないでしょう。長期間保有するには向いていないと思います。ビットコインは2017年までは上がり続けましたが、暴落は突然やってきます。長期保有は危険だと思います。

まとめると、暗号通貨は今後も乱高下を繰り返しながら、しばらくの間上がり続けると思います。しかし、気がついたら価値を失っている事も起こりえます。暴落の予兆を掴むのは極めて難しいため、長期的資産運用(ガチホ)には向かないと思います。

※この記事は個人の感想であり、ビットコインやその他暗号通貨の購入運用を勧めるものではありません。当然内容の保証もできません。