弊社がリリースした LINEスタンプ「ボブ」について、少し書きます。
(少しのつもりが長くなってしまいました。読むのが面倒な人は最後の1行だけ読んでください。)
企画「ボブ」誕生まで
ご存じの通り、今年2月に、LINEスタンプの一般販売受付の開始がアナウンスされ、4月17日に受付が始まりました。
弊社もITベンチャーを自称している以上、この「お祭り」には参加しないわけにはいきません。
企画する段階で、LINE がどのようなコンテンツを欲しているかを考えました。まず気になったのは、クリエイターページのサンプルが英語だったことです。このスタンプの一般販売受付が、今後 LINE を海外に展開していく上での布石であると解釈しました。海外でも売るために、文化の枠に縛られないコンテンツを考える事にしました。展開市場が広い方がランキングでも有利になるはずです。(後に、ランキングは国別だと知りました。)
そもそも全く知られていないオリジナルキャラでは、ドラえもんのような、既存の有名キャラクタースタンプには勝てません。そこで、誰も権利を持っていないけれど、皆が知っている「キャラクター」を探しました。
やっぱり、定番は「猫」だよなあ、と、おそらく1万人が考えたであろう事を考えていると、ふと、従姪がスマートフォンに貼っていた「骸骨」のシールを思い出しました。私はかわいくないと言ったのですが、従姪はかわいいと言い張っていたのです。もしかして、骸骨柄って人気あるの?
そうして考えついた先が「人体骨格」でした。これなら全ての人類が普遍的にもっているものですし、知らない人も居ないはずです。骨格をデフォルメすることも検討しましたが、そもそも「かわいい系」ではインパクトもないし面白みもないので、思い切りリアルに描いてみることにしました。
ここで、3月20日ぐらいでした。そのときLINEからの発表はほとんどなく、「4月受付開始らしい」という事しか分からなかったので、4月1日にできあがってなければなりません。私は絵が描けないので、フリーランス市場を覗いてみました。既に「イラストを42枚描いて下さい」という、明らかに LINEスタンプ狙いの仕事があふれておりました。ここでふと思いました。そもそも「売れる絵」が描ける人なら、フリーランス市場で仕事を取らずに、自分でスタンプをリリースするのではないかと。フリーランス市場に外注するのはやめました。
そこで思い出したのが、米国W大学のO博士でした。たしか、医学書に骨盤から神経かなにかを取り出す挿絵を描いたりしている方です。こうなったら、この博士と組んで、医学書レベルのリアルな人体骨格スタンプを作ってやろうと思いました。後に「ボブ」となるコンセプトが生まれた瞬間です。
スタンプ作成とエントリー
早速O博士に連絡を取ってみたら、さすが名門研究室です。複製ではなく本物の人体骨格があるとのこと。その名も「Bob」でした。弊社はアカデミックな面白さをベースにしたコンテンツの作成を常に心がけているのですが、結果的にこのプロジェクトも、そのコンセプトに沿ったものになりました。
そこからは毎晩(時差があるので)ミーティングをしました。最初の3日で、コンセプトを具体的に詰めて、具体的にどんな絵を40枚描くのかという方針を決めました。あとは、主に私がアイデアスケッチを送り、ラフ絵、最終稿と仕上げてもらう、という作業になりました。O博士の方からの提案もどんどん取り入れていきました。
この上の Bob が、下のようになりました。
実に素晴らしいです。
私の落書きスケッチ(下)が、次々とハイクォリティのスタンプになっていきます。プロの仕事にはいつも感動しますね。そもそも人間の表情を表す「目玉」と「唇」が無い「骨格」だけで、様々な表情をかき分けたO博士の技術はさすがです。正直言って、最初は骨格だけのキャラクターはもっと無味乾燥な物になるのでは無いかという心配もあったのですが、その欠点は、O博士の骨格愛と画力が補ってくれました。普通の絵描きさんにお願いしていたら、こうはならなかったと思います。
絵のコンセプトがリアルなので、シチュエーションはかなり遊びを入れました。腕立て伏せ運動(腹筋運動と迷いました)は、「お前筋肉無いじゃん!」と突っ込みたくなりますし、ご飯やトイレは、どこに入ってどこから出てくるのか、全く謎です。感電して骸骨になるシーンは漫画でよくある描写ですが、お前は元々骸骨だろ! と突っ込んで貰えれば嬉しいです。
O博士とアイデアを練りながら、ボツネタも合わせて50ぐらい作りました。飲酒や暴力というガイドラインのギリギリを攻めたため、reject されたらすぐに差し替えられるように、多めに用意しました。せっかく人類普遍のコンテンツなのでできるだけ文字を入れずに表現できるシチュエーションを選びました。選ぶに当たっては、既存の人気スタンプや、Skypeなどの絵文字に含まれているシチュエーションの統計を取って、概ね多い順に採用しました。このせいで、若干面白みに欠けるラインナップになってしまった感もありますが、それは第2弾で補えればと思います。
また、全体的に色味が少なくなってしまうという問題も発生しました。LINE スタンプのガイドラインには、reject の例として「淡色ばかりのもの」がありました。そこで、多少無理矢理に色を加えるために自転車に乗せたり、青空の中をスキップさせたりしました。結果的に最後の青空スキップの図は、在りし日の Bob の姿を描けたのではないか、と思ったりします。(本物の人体骨格なので、生きていた頃は草原を走ったはずです。) 犬や猫も1つぐらい入れようかと思ったのですが、耳のない骨格だけだと、何の動物か分かりづらいのでやめました。
そうやって1週間ほどで完成したのが、その名もそのまま「Bob」です。最初は40個も揃えるのは大変だと思っていましたが、いざ始まってみるとあっという間に50個近くになりました。泣く泣く削ったものもあります。もっとも、40個以上描く方は大変だったと思います。
余談ですが、このイラストは、Bob の居る研究室に飾ってあるそうです。もし見つけたら tweet してくださいね。
エントリーから販売開始
4月17日、奇しくも女子大の授業のお手伝いに行っていたときに募集が始まっており、かなり出遅れてしまったので、当初の「初日のラインナップの中でインパクトを示せればそこそこ売り逃げできる」という野望は崩れてしまったのですが、なんとか当日深夜にエントリーしました。いつ審査が始まるのか全く分からないなか、長く感じる日々が続きましたが、しょこたんこと中川翔子さんが骨格標本を彼氏と宣言するなど、ボブのコンセプトが案外ウケるのではないかと勇気づけられることもありました。
審査待ちの間、facebook などの人脈を頼りに、中国語(繁体・簡体)・インドネシア語・タイ語・韓国語などの翻訳も登録しました。こうして、色々な人たちの力を借りて、Bob はリリースされました。それはとてもエキサイティングな経験でしたし、自分のプロデュース力がそこそこ通用したことは、経営者としての自信にもなりまし た。
5月13日、審査が始まり、6月4日、ついに審査がおわり、販売が始まりました。順番待ちはおよそ 2,000番目で、販売開始時のスタンプ数がおよそ 1,000だったので、半数が通過していると思われます。もっとも、途中で reject されても再審査を申請して通過する人もかなり居るでしょうから、最終的には7~8割は通過するんじゃないかと思います。違反さえなければ通過できるんだと思います。そもそも、この「審査」にはかなりのコストがかかっているはずなので、LINE としても、審査コストをかけた以上は売らなければ損ですしね。
おかげさまで、登場数時間で人気順500位にランクインし、その後徐々に順位を上げ、最近は60~70位あたりを上がったり下がったりしております。ただし、管理画面には、配分金額の速報値が出るだけで、売れた個数はわかりません。こまめにリロードして、数字の差分を取ってみると、30~45円とばらつきがありました。国によって販売価格も異なりますし、ポイントなどで購入された物は100円で売れたとは見なされないようです。これはもちろん推測で、本当のところは分かりません。せめて個数だけでも知りたいところです。
先日、外部のランキングサイト「スタリコ」さんのランキングにて、LINEスタンプランキング4位、クリエイターズランキング3位に入りました。どういう順位付けなのか分かりませんが、記念にWeb魚拓を取っておきました。後に、インドネシア市場で1位をとったことを知りました。また、台湾でも人気を博しました。
「ボブ」という名前は、既存のスポンジのキャラクタとかぶってしまった点は失敗でした。しかし、「Bob」を元に作ったイラストですから、やはりキャラクター名は「ボブ」ですね。
こうしてはじまった「LINEスタンプ祭」ですしたが、それにしても、上位陣はさすがにレベルが高いですね。
「もっと私にかまってよ!」は、これまでにないスタンプのシチュエーションを提案して一気に話題になりました。
「ゆかいなエヅプトくんスタンプ」は、何かの裏紙を使うことでうまく雰囲気を出しています。なにより「私は絵が描けないので」が言い訳にもならないことを知らしめました。
今は少し順位を落としていますが「豪快ハゲオヤジ!」のインパクトは圧倒的でした。
ボブも含めて、これらのスタンプに共通するのは、「突然の登録開始に備えて準備し、当日登録した」点と「既存の、或いは後発のスタンプと競合しないところを狙った」点だと思います。得に前者は重要で、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」と言いますが、獲物が来たときに撃たなければ絶対当たりません。LINEのスタンプ販売の一般開放という「祭」には、何が何でも参加しなければ「後の祭り」ですから。
ビジネスとしてのLINEスタンプ
最後に、LINE スタンプを事業化しようと考えておられる経営者の方がいらっしゃれば、これは結構考え物です。今回の場合、この「お祭り」に参加する事自体も目的であったため、採算割れ覚悟での参入でした。実際、そこそこ早くエントリーし、そこそこ売れた方だと思いますが、ビジネスとしてはそれほど成功したとは言えません。まして、これからエントリーし、数万のスタンプ(5月末で審査中・審査待ちが2万件以上らしいです)の中から這い上がろうとするならば、相当強烈な商品と、宣伝・販売力が必要だと思います。
「ボブ」が受付順2,000番目で販売までに2ヶ月かかっているので、審査がこのペースだと仮定すると、1ヶ月におよそ1,000個が審査される計算です。今(2014年6月)、20,000番目の方は、20ヶ月後、2016年の年明けぐらいになってしまいます。クリエイターズスタンプの売上が好調なら、審査体制が強化されることもあると思いますし、前例やノウハウの蓄積により、審査のスピードは上がると思いますが、どのみち今からエントリーすると半年とか1年とか待つことになりそうです。1~2年後に LINE のスタンプがどれほど注目されているのか。これも、これから企画をする上でのリスクになります。
最後に
専門家が本物を元に忠実にイラストにした「ボブ」は、お子様の教育にも良いコンテンツだと思います。大学や研究機関が持つアカデミックな「本物」の面白さが、若い世代に伝わればなによりです。