友人が、引っ越し一括見積りサイトが単なる個人情報転送サイトだった話を読んで、twitter のタイムラインに載せてました。
利用者の方の立場で読むと、大変だったことが伝わってきますが、ここはいつもとは逆に、みなさんが経営者の側に立ってみてください。

経営者に転職して、一番困難に思ったのは「見積もり」です。ちょっとした仕事ならば、仕事そのものよりも見積もりの作成にかかる時間の方が長かったりします。しかも、実際にやってみるわけではないので、本番では必要な重要項目が抜けているかもしれません。大きな穴があれば赤字になります。見積もった後で「やっぱりこれなかったことに」は出来ません。見積もりはリスクが高いのです。以前、第一線で活躍されている方々と見積もり勉強会に参加しました。引っ越しの案件ではありませんでしたが、同じ条件にもかかわらず、見積金額にはグループ間で最大で倍近い差が出ました。しかも、社長・部長クラスの方々が2時間議論した結果です。勉強会じゃなければ、この見積の作成コストは5~10万円といったところでしょう。引っ越しの場合はここまでかからないでしょうが、それでも、見積もりは、リスクもコストも高い作業なのです。

引っ越しだけでなく、自動車保険などでも、1つのフォームに入力すると複数から見積もりがとれるというサービスは多く見かけます。私から見ると、自動車保険ならともかく、見積もりコストのかかる引っ越しにおいて、こんなサービスからまともに機能するとはあまり考えられません。自動車保険であれば、事故歴と等級、年齢と免許証ぐらいである程度自動的に計算できるのでしょうが、引っ越しについては、最低限の相場的な数字は自動計算できると思いますが、実際にかかる費用の見積もりは、それなりに状況を聞きながら、あるいは訪問して状況を把握してから、経験を持った人が手で作るしかないはずです。

しかも、この場合は「一括見積もり請求」サイトからの依頼だと分かっています。要するに複数社の「相見積もり」な訳です。相当な数の競合他社が同じ見積もりを出すことがわかっています。ですから、あまり高い金額を提示しても興味を持ってもらえるわけがないので、高い金額はかけませんが、自社に決めてもらえる可能性は少ないので、あまり見積もりに時間(コスト)を割くわけにも行きません。ですから、必然的に、「適当だがそれほど高くない数字」が出てくることになります。むしろ、この方の場合、「キャンペーンで7000円」のような格安業者が見つかっているという点は、一括見積もりが生きた瞬間だと思います。しかし、結局これを蹴ってしまっています。

このお話で一番失敗だと感じるのは、「メールでやりとりしたい」という条件を出したことだと思います。そもそも、引っ越しの見積もりは「行って見なければ分からない」ぐらい難しい部類に入ると思います。あなたが引っ越し業者なら、フォームとメールで見積もりできますか? しかもメールで何往復もやりとりするのはとても大きなコストがかかります。訪問見積もりも受けたくない、メールでやりとりしたい。最初からこれでは、見積もりだけでなく実際の引っ越しも面倒な事になりそうな雰囲気がします。十分な仕事が入っている会社(つまり、比較的人気の会社)は、「面倒なのでパス」になりそうな予感もします。

先ほどのページの方は、「メールで…」と書いたにもかかわらず、ガンガン電話がかかってきたとの事でした。経営者として、この見積もりサイトに参加する理由は、ただ一つ、集客です。最初から正しい見積もりを出そうなどとは思っていないのです。というか、上に書いたように、最初から正しい見積もりなんて出せないのです。ですから、仕事を取りに行こうとしている会社は「メールで…」などそもそも読んでいない可能性もあります。同じ電話をするなら、先に電話した方が勝ちですから。現に、この方も結局電話してきた業者から決められたようですので、引っ越し業者側から見れば、それでも正しい営業をした、と言えると思います。

また、見積もりコストが回収できるのは、契約が成立したときだけで、自社に決まらなかった場合は丸損になります。こういった回収不可能なコストは、 他のお客様から回収するしかありません。具体的には、他の引っ越し代金に少しずつ上乗せして回収するしかありません。ここからは経営方針次第なのですが、 お客様商売の場合、同じクラスのお客様から回収するのが定石と言えると思います。つまり、一括見積もりで生じる未回収コストは、一括見積もりからのお客さんから回収するということです。逆に、いつも使って頂けるお得意様の料金に、この未回収コストを載せることはないはずです。

あくまで一般論ですが、相見積もりだと分かると、見積額に一定額上乗せすることは、引っ越し業者に限らず多くあります。理由は主に2つで、1つは成約しない可能性があるのであまり時間をかけられないから、念のため金額に余裕を持たせておく事、もう一つは先ほど書いた、未成約に終わった他の見積もりコストを回収するためです。1つ目の「余裕」は、実際に安く済んだ場合には次の時に値引けば良いだけです。先のページのコメントに「2回めの引っ越しのとき、何も考えず最初の引っ越しで丁寧に相応の値段で対応してもらったところにお願いした。2回目だと安くしてもらえた」は、このパターンだと思います。

利用者の立場で見ると、複数社からの見積もりの中から選択できるのは魅力的に感じると思います。ですが、経営者の立場で見ると、相見積もりは、かえって無駄なコストが生じる非情な手法です。どうせなら「本当に困っているんです、いくらまでなら出せますので、予算内で何とかなりませんか?」と頼まれた方が検討の余地があります。まだまだ日本の経営者さんは「困っているなら力になりたい」と思う人がいます。そういった「気持ち」の部分をすっ飛ばして、フォームで一括送信して「見積もれ」といわれても、それなりのものしか来ないのは当然ではないでしょうか。

この方は結果として良い業者に当たったようで良かったと思います。「相見積を覚悟で仕事を取りに行く以上、無理してでも安い価格を提示ないと意味がない」という宿命から、現場である程度価格が上がるのは織り込み済みともいえます。余裕を持たせた高めの金額を最初から提示していたら、「価格とサービスのバランスが良さそうなところに絞る。」に入れなかったかもしれませんから。

Posted in 経営
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