バブル期に始まったCDの音圧競争。専門的に正しい言葉遣いではないかもしれませんが、可能な限り音量の高い状態でマスタリングして、再生時の音量を大きくする手法です。デジタルフォーマットでは振幅に絶対の上限があるので、限度を超えて音圧を上げようとすれば、大きな音が重なったときに音が歪むことになります。音声編集ツールにも、音圧を目一杯まで上げる機能が標準搭載されているほど、現在の音声調整では当たり前に行われている調整のようです。

しかし、音量は聴き手が調整できるものだし、音を歪めてまで大きな音量でマスタリングするのはなぜでしょう。やはり、第一印象が「音が小さくて聞こえない」では競争に負けるのでしょうか。

そんな音圧競争に、最近変化が起きています。Apple(iTunes)や YouTube で、音量のノーマライズが実施されるようになり、それぞれの基準以上の音圧で録音されている場合は、基準値付近まで音量を強制的に下げられ、他の楽曲と音量が揃えられます。

これを機に「ニコ動での初音ミク楽曲などでも、音圧競争が終わるのではないか」という意見もみられますが、少なくとも、現段階では、運営主導でこれが起こると可能性は低いと思います。

一番の違いは、Apple や YouTube と異なり、ニコ動の運営陣には、画質や音質へ興味が薄い気がします。ニコ動独自の機能は、高品質ではなく「(混雑時の)低品質モード」である事からも窺い知れます。

もう一つの違いは、Apple や YouTube は、楽曲をリストにして販売しています(一部は日本未提供)。楽曲を売る以上、楽曲ごとにユーザが音量を調整するようでは不便ですから、基準を設けて全ての楽曲の音量を揃えて品質を担保したいと思うのは当然でしょう。一方、ニコ動にはそういった動きはみられません。

音量の基準が無いからといって、必要以上に音量を上げても、大きすぎる音量には、ユーザはプレーヤーの方で音量を下げるでしょう。しかし、その「下げた音量」はいつ戻すでしょうか。リスニングに集中しているときならともかく、BGMとして聞いている場合、次の曲に入った瞬間に元に戻して貰えるとは限りません。しばらく音量が小さい状態が続いた後、何かの折に「あれ、なんか音量が小さいな」と気付いて、音量を上げるでしょう。その間の数曲は音量が小さいままちゃんと聞いて貰えないことになります。

制作側からすれば、多少歪みはでても、聞いてもらえないよりははるかにマシ。やっぱり音圧を高めにしてしまうのではないでしょうか。ユーザコミュニティの中で一斉に基準を作って対策をしないと、過去のものになりつつある過剰音圧時代から日本だけ抜け出せなくなります。

考えてみれば、音圧競争が始まった頃は、音楽の「使い捨て」が始まった頃のように思います。若い層を中心に割合を高めてきた商業音楽が本格的に売れ始めた時期で、ミリオンセラーがバンバン出た時代です。使い捨て競争に少しでもインパクトを残すための工夫が、バッドノウハウとして定着してしまった気がします。海外勢は新しいビジネスモデルにあわせて、適切な音圧運用を始めていますが、ここでも日本が立ち後れている気がしますね。


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