日米で大活躍したイチロー選手が事実上の引退を表明されました。これだけ長い期間、世界の第一線で活躍された実績もさることながら、年齢を感じさせない体の維持管理のストイックさと、日本代表としての熱い愛国心とを併せ持つ、男も惚れてしまう選手だと思います。

そんな、世界の9割が尊敬するであろうイチローですが、引退会見で少し気になる言葉が出てきました。「(主にアメリカの)野球が、頭を使わないものになってきている」といった趣旨だったと思います。おそらくは、過度にデータに依存した守備陣形や配球など、データアナリストに頼った近代野球が、イチローの目には快く映らなかったのではないでしょうか。

私は、言うまでもなくデータが大好きです。野球はチームスポーツですので、個人がバラバラに動くよりも、同じ方向性を持って動いた方が絶対に有利です。日本の、私の好きなチームなら「家族のようなチーム」で、自ずと皆が指揮官の方針に沿って考えて行動するでしょう。しかし、比較的個人主義の強いアメリカにおいて、皆を納得させて同じ方向に向かせる材料は「データ」になるのではないでしょうか。この守備位置がデータ上有利だから、この配球がデータ上有利だから、こうしよう。と、チームをまとめるのです。

科学や計算機の分野に携わっていると、科学に疎い人ほど科学を万能のものとして、計算機に疎い人ほど計算機を万能の道具として考えがちな傾向があると思います。イチローは言うまでもなく一流の野球選手ですが、統計のプロフェッショナルではありません。ですが「頭を使わなくても良くなっている」と感じるという事は、最新のAIがはじき出す作戦が、イチローの考えとそれほど食い違わないことを示唆していると思います。なぜなら、AIがトンチンカンな指示を出すと思うなら、AIの指示に従うかどうか、人間が考えなくてはなりません。データ野球が、イチローの長年培ってきた直感に追いつき始めていて、長年考えに考えた色々な野球の一部を、何も考えない選手ができるようになってきた、とも言えると思います。データ上は、データの活用はかなりの効果を上げています。

とはいえ、野球は長いシーズンを戦うスポーツです。年間150試合近く試合があり、1試合あたり、おおよそ30~50組の対戦があります。年間で言えば 6000組の対戦があるのです。データは、その6000組の対戦の傾向を示すだけであり、個別の1つに対して高確率で何か言えるものではありません。例えば、サイコロを6000回振れば、おおよそ1000回前後、1の目が出ます。これは基本的な統計データです。ですが、次の1回で1が出るかどうかは、1/6 の確率であるとしか言えません。そもそも、ほとんどの選手が3割前後の打率で、あまり差はありません。ですが、打者1巡の猛攻は、正規分布から予想される確率よりも多く起こります。

データ上有利な作戦が存在するなら、それを採用するのは、勝つために当たり前だと思います。しかし、データでマークされながらも、その上を行くプレイで球場は沸き立ちます。それそこが一流選手だろうと思います。イチローは「記録はまた次の選手が更新していくもの」と言いましたが、データの先を考えない選手が、頭を使わずにイチローの成績を超えていくとは到底思えません。

イチローは自分が成し遂げた努力の蓄積を、とても過小評価している気がします。イチローの積み上げた努力と功績は、データ野球が簡単に超えられるものではないと、私は思います。